グレイサーはアリエスを渾身の力で握り締めるが、忽然と現れた少女の身体を包み込んだピンク色に輝く盾の模様をした光に阻まれて、一向に握り潰すことが出来ずに地団駄を踏んだ。
屋上から華麗に舞い降りたれかんの仕業である。続けて、彼女は二人を包み込むブルーの球体を発生させて怪物の攻撃から身を守った。
「あ、れかんちゃんまで」
ルナは二人と同じようにテレポートで地上まで降りると、グレイサー目掛けて全力で突進し、両足を鈍器で上下左右に攻撃した。しかし、小煩い犬でも扱う様に蹴り飛ばされてしまった。
「まだ、まだあ」
ルナは蹴られても蹴られても挫けずに、何度も何度も怪物に立ち向かって行った。
(ファイトだけはあります~ぅ)
暫くすると怪物の手に握り締められ、まるで揺り篭の中で眠りに落ちていたアリエスは息を吹き返した。
「う、う~ん」
「あ、アリエちゃん、大丈夫?今、助けるからちょっと待っていて」
叩いても叩いても、全くびくともしない怪物相手にルナは奇妙な作戦を思い付いた。
「アリエちゃん、ウィンクよ、ウィンク。ウィンクで悩殺するの!」
「そんなの効くわけないよ」
「良いから早くやってみて」
少女は疑心暗鬼だったが、握り締められて身動きが出来ない状態では他に方法が無かったのでルナの言葉に従った。すると、グレイサーは目をとろんとさせたかと思うと、次は激しく鼻息を荒らして興奮しだした。
(こいつ、ロリコン!?)
興奮した怪物の力はパワーを増し、遂にれかんが作り出すバリアーを破り、少女を握り締めたまま身を翻して何処とも無く消え去ろうとした。
(逆効果じゃん!)
見兼ねたれかんはアリエスに治癒魔法を掛け続け、この魔法に含まれるフェロモンを利用して怪物を刺激した。
再び向きを変えた怪物は今度はれかんを捕らえようと鼻息も荒く口からブリザードの様な息吹を発して彼女を攻撃した。
「きゃあ」
「れかんちゃん!私がこいつを抑えるわ」
ルナは自分の秘策、ウィンクをグレイサー目掛けて連発した。
あは~ん♪・・・うふ~ん♪・・・
だが、怪物は横目でちらりとルナを見ると、蹴り飛ばして、れかんを目指して尚も突進した。
「きゃあ、どういうこと?」
(年齢対象外!)
一方、フリマを見学していた三人は一通り見て回ると、ルナ達を探して屋上に上っていた。
「変ですね、何処にもいませんよ」
「そうね、何処に行っちゃったのかしら?」
二人が首を傾げているとシルが言った。
「あれを見て」
「あ、あんな所に。でも、何でボスと戦っているの?」
「しかも、苦戦してるみたいですね」
「シルくん」
佳穂が目で合図をするとシルは無言で頷き、みんなの移動速度増加呪文ウイングフットを唱えた。
「助けに行こう」
「え、あの、きゃぁ」
シルはダンジョンの螺旋階段をスルスルと滑り落ちるように駆け下り、二人もそれに引っ張られた。
一階の出入り口を抜け、仄かな外灯に照らされている庭に出ると戦闘はまだ続いていて、うめは迷わずにグレイサーに体当たりした。

「う、うめちゃ」
「ルナさん、頑張りましょう」
「う、うん。でも、アリエちゃを助け出せないの」
緊迫した状況で佳穂は少々、不機嫌気味に叫んだ。
「もう、シルくん!」
「何?」
「さっき私が合図したのは、更衣室で応援用のチア・ファッションに着替えてくるから待っててって意味だったのに。行き成り連れて来ちゃって、私、着替えどうすれば良いのよ?」
「こ、この緊急時に・・・」
「何言ってるのよ、れかんちゃんがいるんだから大丈夫に決まってるじゃないの。仕方ないわ、ここはセーター脱ぎ脱ぎ作戦で」
佳穂は衣装ケースからセーターとチア・ファッションを取り出すと、二枚重ねにして着込んだ。セータは袖は通さずに首だけを通してである。着ていた狐色のカジュアルな服をせかせかと脱ぎ始めると、グレイサーは佳穂を目指して突進を始めた。
「え、何こいつ。私に気でもあるの?」
「何で?こいつ、ロリコンじゃないの?」
「微乳はぁ少女のぉ象徴です~ぅ」
「なるほど!って、それどういう意味かしら?」
「佳穂ちゃ、危ない!」
ルナは果敢に怪物の動きを止めようと攻撃の手を緩めなかったが、何度も何度も胸の辺りを蹴り飛ばされていた。
「ルナちゃん、そんなに胸ばかり痛めたらお嫁に行けなくなっちゃうよ」
「大丈夫だよ、寧ろ、腫上がってセクシーになるさ」
「あれ、知らないの?腫れが引くと萎むのよ」
「ええー、そなの?」
「どっちかというとぉ型崩れですぅ」
「そ、そんなのイヤ、シルくん、バトンタッチ!」
「うん、良いよ」
「やけにあっさり引き受けてくれたわね」
「だって、僕、男だもん」
「ええー!嘘!だって、そのナイスナボディーは?」
「外見は女でも、心は男なんだよ」
「私、自信無くしそう・・・」
「そんな事より、早くアリエちゃんを助けてあげないと」
佳穂は胸のカットがちょっぴりセクシーでスポーティなチア・ファッションに着替えを済ませると徐に言った。
「これでよし。じゃ、そろそろ決着つけちゃいましょう」
「何か秘策でもあるの?」
「勿論。ではでは・・・」
「何?」
「まず、ルナちゃんがうめちゃんの肩を借りてジャンプ。グレイサーの顔面に渾身の一撃を叩き込む。ほら、積み木倒しでも下を叩くより、上を叩いた方が落しやすいでしょう?グレイサーが倒れたら、きっとアリエちゃんを手放すと思うので、アリエちゃんが束縛呪文で動きを封じて、全員で総攻撃なんてのはどうかしら?名付けて、〝積み木倒しでガリバー作戦〟でもやってみる?」
「分かった。やってみよう」
ルナはうめの肩を台にして、上空へとテレポートした。垂直に打ち上げられた身体を捻り、渾身の力で怪物の顔面を叩くと、グレイサーはもんどり打ってアリエスを手放して地面に転がった。
「やった!作戦成功だね」
「ではでは、私は応援歌でも・・・頑張れ~♪頑張れ~♪ 命燃やして~ぇ♪・・・続く現実 生きてゆく・・・」
すると、グレイサーは悲痛な雄叫びをあげて地面を転がり始めた。
「か、佳穂ちゃん、そ、その怪音波は・・・く、苦しい」
「普通に攻撃してくださーぃ」
「そうです。手に持ってる武器は何の為にあるんですか?」
「ああ、これ?これはファッションよ。バックとか持ってないから、何か手持ち無沙汰とでも言うのかしら?効果があるならそれで良いじゃない。皆は耳栓でもして。ほらほら、攻撃、攻撃。総攻撃よ」
ドカドカッ!ドーン、ドーン!グサグサッ!
さすがに強固な身体を持つボス・モンスター、グレイサーも全員の総攻撃の前に息も絶え絶えになった。
すると、遠くから一個小隊ほどの軍馬の蹄の音が近付いて来た。
「あれはエレメンタルの守護隊?」
「今頃、遅いわよ」
兵士達は怪物を見つけると分厚い巨大な鎖を引っ張ってきた荷馬車から取り出すと捕獲に掛かった。
「それ、捕らえよ!」
護送する為に怪物を荷台に載せると、隊長らしい一人が佳穂達の前に歩み寄って来た。
「この度はご迷惑をお掛けしました。警護の隙を突かれて、ダンジョンから脱獄を許してしまいました。日を改めまして、上官よりお礼をさせて頂くと思いまが、皆様のご協力には感謝致します。では、私はこれで失礼させて頂きます」
挨拶を終えると部下に命令を下して、護衛小隊は夜道をエレメンタル・ダンジョンへと戻って行った。
「でも、何で三人がグレイサーと戦っていたの?そんなことは守備隊にでも任せておけば良いのに」
「アリエちゃんが一人で倒しに行っちゃったのよ」
「うんと、ボスを倒すと報奨金が出るので倒そうと思ったの」
「報奨金?そんなのお父さまにでも任せておけば良いんじゃないの?」
「私、ママと二人暮しだもの。生活費を稼がないと」
そこに一人の女性が走り寄って来た。
「アリエ!アリエ!」
「あ、ソフィーヤ。今日は中級ボスを倒したよ。きっとまた報奨金が出るから暫くは安心出来るね」
「まあ、この子ったら。危ない真似をしては駄目と何時も言ってるのに。皆さんにもご迷惑をお掛けしたみたいですいませんでしたね」
「いえいえ、皆、無事ですからご心配なく」
「ほら、大丈夫だよ、ソフィーヤ」
「もう、この子ったら」
Fin
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長い髪を指で掻き揚げると不意に少女の身体は屋上より消え去り、次の瞬間には地上に舞い降りていた。
「ア、アリエちゃ、危ない。早く戻って!」
ルナの制止を余所にアリエスは薄明かりに照らされて輝く銀髪をなびかせてボスに向かって走って行く。
少女の脳裏にはポップな曲が鳴り響き、一気に精神力が高まった。
何時の間にか両手には鈍器と盾を持ち、ボスの手前まで近づくと、正面にテレポートした。
ボスが小動物を感知する前にアリエスは左右に鈍器を振り回す。軽快な音と共にボスの両足にヒットしたが、一向にダメージを受けた様子はなった。
今度はボスが巨大な手を少女目掛けて振り回した。少女は一撃目を華麗なステップで躱したが、強烈な風圧でよろけたところに、二撃目が襲い掛かってきた。盾で防いだものの、少女の身体は遥か彼方に吹き飛ばされてしまった。
「きゃぁ、こ、こいつ、強い!」
屋上で見ていた二人はこの光景に唖然としていた。
「あの娘は一体?」
「ぁたしぃ、思い出しました」
「え?」
「下級エレメンタルに賞金稼ぎに行ってる女の子がいるって。確かぁ~、その娘の名前はアリエス。エイリアスは小悪魔アリエ!」
「小悪魔?投げキッスでもして倒すの?」
「さぁ?」
「でも、あれはどう見ても中級のボス、グレイサーだよ。まさか知らずに突っ込んだ?」
「えぇ!?」
アリエスは左右にしなやかなステップを踏み、グレイサーの両手の攻撃を躱して行った。
少女は相手の近くまで来ると、宙を舞った。しなやかな身体は弧を描き、足元に着地すると十分にバックスイングされた鈍器を渾身の力を込めてスイングした。鈍器は怪物の身体にめり込んだ。
しかし、獰猛な怪物はぴくりともせず、薄ら笑いを浮かべ、拳を強烈な風圧と共に真下に振り下ろす。
少女は咄嗟に地面を蹴り躱したが、鈍器を手放し横転した。地面に突き刺さった拳はすかさず引き抜かれ、少女の身体を掴み持ち上げた。
徐々に力が込められ、少女の両腕の骨が軋む。
「うゎあ!」
(ごめん、ソフィーヤ。また、一人にさせちゃうね)
薄れ行く意識の中、少女はそんなことを考えていた。
―7年前、クレア工房近辺―
ヴェーナとアインホルンを結ぶ街道の西側の眩い光に覆われた場所に一人の幼い少女が居た。
ドカッ!ドカッ!
「ふう、やっと倒せた」
少女はヴェーナの町の武器職人ナルセスの依頼で、材料集めの為に自分の背丈の数倍はあろう怪物を倒していた。
「まだ材料が足りないや。もっと、たくさん倒さなくちゃ」
そこへ一人の若い女性が通りがかった。
彼女の容姿は肌の色は青く、背鰭のようなものを付けており、当時、この界隈では見掛けない遥か彼方の北の楽園アルメネスの出身である事が一目瞭然であった。
「こんなところで何をしてるの?」
「ウルスを倒して武器の材料を揃えてるの。良い稼ぎになるんだよ」
「貴女みたいな小さい子が?」
「うん、私、孤児だから自分でお金を稼がないと暮らしていけないもん」
「じゃ、お姉さんが手伝ってあげようか?」
「ううん、大丈夫だよ。この眩しい光でウルス達はお友達と思って無いみたいなの。一体ずつ倒せば危ない事無いから平気なの」
「まあ、そう言わないで任せなさいよ。私、意外と強いのよ」
「ありがとう、おばさん」
「お、おばさん??」
日が沈む頃には武器職人に依頼されただけの材料が揃ったが、ヴェーナの町に戻るには晩くなってしまったので二人はクレア工房で野宿することにした。
焚火を熾して暖を取り、質素な食事を済ませた。
「貴女は何で孤児なの?」
「・・・」
「話したくないか。私もね、天涯孤独の身なんだ。流れ流れてここまで来ちゃったけど。ねえ、ヴェーナに着いたら案内でもしてくれる?」
「うん、良いよ、おばさん」
「そのおばさん言うのは止めてよ。私、まだお嫁にも行ってないのよ」
「じゃ、ママ?」
「ううん、お姉・・・」
女は少女の眼差しを見て取るとそれ以上言う事を止めた。
「私はデカンのソフィーヤ。貴女のお名前は?」
「私はエルフのアリエス」
「じゃ、宜しくね。アリエスちゃん」
「うん、ソフィーヤ…ママ」
何時の間にか少女はウルスとの戦いの疲れで、ソフィーヤの膝元ですやすやと眠っていた。
グレイサーの目が不気味に輝き、最後の力が込められようとしていた。
次回に続く・・・
『ID〔VIRGO DUNGEON〕完結編』
「3人は喫茶ルームにいるとか言ってたけど、何処だろう?」
「ぇ~とぅ♪ぉ茶が飲めるのはぁ~〝カフェ・ド・ロハン〟か〝フリマ〟です~ぅ」
「フリマ?」
「はぃ、個人やギルドが自分達で作った物を展示して販売してるんですぅ。飲食物や日用品、雑貨。それにムービーとかもあるんですよぉ。この間見たラブストーリーなんか感動しちゃって泣いてしまいましたぁ~」
「へえ、そんなのもあるんだ。商業ギルド活動もいよいよ本格的になってきたわね。じゃあ、案内してね」
ヴァルゴ・ダンジョンの中央にあるなだらかな螺旋階段を上って行くと、各階には壁で区切られた小スペースにそれぞれ工夫を凝らしたデザインの看板が掲げられていた。それには占い、スポーツ、ガーデニング、アパレル、ムービーなどいろいろな物があり、佳穂は喫茶店を見つけて入ろうとしたがフリーマーケットから見るのが〝通〟だと教えられてそれに従った。最上階に着くと、そこは中央の広いスペースの店には人々が屯していたが、ガラスで四方が囲まれていた。壁とガラスの間にはテーブルと椅子が置かれていて、休憩をしている人々が目に付いた。また、隅には屋上に上がる階段があり、外の風景も楽しめるようであった。周囲を見渡して先に行った者達を探すと、西側のテーブルで寛いでいるのを見つけた。
「お待たせ」
「ぉ待たせしましたぁ」
「もぅ、待たせすぎだよ」
「こんばんわ」
「ごめん、ごめん。私、じっくり見ないと気が済まない性質なのよねえ。あれ、うめちゃん。用事があるって言ってたけど、もう済んだの?」
「はい、用事が終わったってメールしたら、ルナさんに拉致されてしまいました」
「で、きのぴーは・・・買い出し?」
「ううん、急用が出来たからって、急いで帰っちゃったの」
「ははーん、さては例のだね。あの二人は何時になったら結婚するのかしら?」
「なんかね、内縁ってのが気に入ってるみたいで、当分しないみたいだよ」
「そうなんだ」
「ところでその娘は?」
「この娘はアリエスちゃん。一緒に来た人と離れてしまったそうなの。えっと、右からうめちゃん、ルナちゃん、シルくんだよ」
「アリエちゃ、お腹すかない?わたし、バイト代が入ったから何かご馳走してあげるよ」
「わーい、ありがとう、ルナ」
「ゎたしもぉ腹ペコペコですぅ」
「佳穂ちゃは?」
「うん、私は初めてだし、いろいろ見て回るわ」
「じゃ、私が案内しましょうか?」
「ありがとう、うめちゃん。お願いするわ」
ルナ達は飲食店の多い北側に向かい、佳穂達は西側から歩いて回る二組に分かれた。
「ねね、うめちゃん。ここと下にあるお店の違いって何かあるの?」
「そうですね。ここは誰でも自由に出せるんですけど、下はGM社と契約とかしないと駄目だそうですよ」
「契約?」
「ええ、いろいろと規定があるそうなんです。まず、契約申請者はギルドマスターであること。それから、ギルドマスターを含む代表者3名はヒーローまたはヒロインの称号を授与されていないと駄目なんだそうです。佳穂さんの実家にもいるんですよね?」
「ええ、本家のお姉さま達はヒロインの称号を持っているわ。でも、自由に出店が出来るならフリマで良いんじゃないの?」
「それがフリマだと良い物を作ろうとすると自分で諸々の材料を揃えたりしないといけないので大変なんだそうですけど、契約するといろいろと豊富な種類の材料の提供があるらしくって、凄く簡単に良い物が出来るそうなんですよ。それから売上げが悪いお店は契約の破棄をされてしまうそうです」
「なるほどね。あれ、シルくん、どうしたの?」
「ここの丼物は凄く美味しいって評判なんだよね」
「私、知ってます。剣さんが常連だっていう有名なお店でしょ。契約店になってもおかしくないくらい美味しいって評判だそうですよ」
「シルくん初めてなのに詳しいのね。でも、剣さんって誰なの?」
「知らないのですか!ベストセラーの“剣さん事件簿”で有名ですよ。事件を解決する時の決め台詞が〝カツ丼、食うか?〟と言って、犯人を落すんです。元々、兵役中に事件捜査をしてたらしいのですけど、今は私立探偵が本業らしいです」
「佳穂さんはいろいろ詳しいけど、そういうことには疎いんだね」
「だって、私〝箱入り〟ですもの!」
(関係無いと思いますけど・・・)
「野菜とベーコンのパスタ、クリームスパゲッティに玄米リゾット。それと、スコーンにオレンジジューズ」
「そんなに夜食食べて太らないの?」
「はぁーぃ。天然はぁ太らないんです」
(どんな関係?)
「バイキングですから、いろいろ試食しないとです」
「じゃ、私も。アリエちゃも好きなの選んで」
「わーい」
「それと、すぃませーん!これDLでお願いしまーすぅ」
「はい、DLですね」
れかんはあるムービー販売店で以前見たことのある恋愛ムービーを買い求めた。
ムービーの種類にはSとDLがあり、Sはその場限りの一人用の鑑賞で、DLは再生場所、回数や人数の制限が無かった。ほとんどの人はSで済ませていたが、値の張るDLを選んだのは気に入ったからである。
「あ、さっきの場所は取られちゃったみたいだね。仕方ない、屋上にしよう」
屋上に上がると、仄かな外灯で照らされていて、そこに幾つかあるテーブルのひとつを囲む椅子にそれぞれ腰を下ろした。
DLした物を再生し、少しずつ選んできた食べ物をパクパク、モグモグと頬張った。
「もぉ~、ほんとっムカつきません?こういう男」
(え、何?)
「ルナさんもそう思いますよね?こんなのが彼氏だったらどう思いますぅ」
「そ、そうね。私、パスする」
「分かるぅ、分かるゎ。でも、好きになっちゃぅんですよねぇ~」
「そ、そうね。私も好きになる」
「やっぱり、分かれちゃった方が良いですよねぇ~」
「そ、そうね。そうかもしれない」
「ルナさん、さっきから頷いてばかりじゃぁりませんかぁ?」
(あ、あはは・・・)
「そういうのはね、最初からお話をしないのが良いんだって」
「それもぉ、有りかもしれませんね」
(詳しいのね・・・)
「ソフィーヤが言ってたもん」
「ぎゃーぁ!」
突然、遠くの方で叫び声があがった。
ルナ達は辺りを見渡すが、そこには3人以外は誰もいない。
席を立ち、下に見えるダンジョンの敷地を見て回った。
「あ・・・あれはエレメンタルのボス!何でこんなところに」
動揺する二人の傍で、少女は微笑み、目を輝かせていた。
次回に続く・・・
『ID〔VIRGO DUNGEON〕戦闘編』
「きのぴーとルナちゃんは今朝と〝タイプ〟が違うじゃない。どうしてなの?」
「レンが2人居ても仕方ないからぁ」
「うさ耳とドレスで夜を演出してみたの。こういうのはエルフの方が似合うって佳穂ちゃ言ってたじゃない」
「それはそうだけど、便利なか・ら・だをしてるのね」
佳穂はロビーを抜けて入口に差し掛かると、全員を包む見えない防御壁を魔法で作り出すとダンジョンの中の様子を注意深く窺った。
「皆、下がって!でも、私から離れちゃ駄目よ。シルくん、フット宜しく」
「うん、分かったよ」
「どうしたの?佳穂ちゃ」
「どうしたって、ここはどんな危険な怪物が潜んでいるか分からないダンジョンでしょう。皆、油断しちゃ駄目よ」
「そんなの居ないよ」
「え、そうなの?」
「居ないよ。チラシに〝乙女心を擽る〟って、書いてあるじゃない。怪物に逢いに来る乙女なんていないでしょう。口コミ集めてるって言ってたからそれくらい知ってると思ったんだけど」
「〝キャンペーン〟って、この中にいるボスモンスターを打ちのめして、倒した人が貰える〝懸賞金〟のことじゃないの?」
「違う、違う。佳穂ちゃ、血の気多過ぎ」
「そっか、いつもの私で良いんだね」
「佳穂さんは・・・しっかりぃしてぃるよぅでも〝天然〟なんですぅね~ぇ」
「ま、れかんちゃんまで。今夜の為に魔杖に最高級の集魂石と精霊契約して火力は実質66%増し、スカートだって動き易いようにミニを穿いて来たのに。何だ、損しちゃったわ。危険が無いならとっとと入りましょう」
「あ、でも・・・」
「きゃぁ!」
入口を入り、二、三歩進んだ佳穂の身体は急に冷気に覆われて身動きがとれなくなったかと思うと、巨大な手に強く手首を握り締められて、思わず手にしていた魔杖を落してしまった。彼女は自らの体内の爆発だけで束縛していた冷気を払い去ったが、今度はもうひとつの巨大な手に肩を捕まれ、足を払われて仰向けに転がされてしまった。巨躯は彼女に伸し掛かると手足を押さえつけて、彼女が抗う術を完全に失わせてしまった。
(駄目、殺される)
そう思った瞬間に、巨大な手足は彼女の拘束を解いた。
次の瞬間、彼女は落した魔杖に飛び退り拾い上げると、素早く攻撃呪文を唱え始めた。
「待って!佳穂ちゃ」
「え?」
「お嬢さん、すいませんでした。つい力が入り過ぎてしまったみたいです。普通の方は冷気で束縛すると身動きがとれなくなるので、そこで当店お勧めの品のご紹介をさせて頂いてるのですが、貴女の場合は・・・申し訳ございませんでした」
「大丈夫ですか?佳穂さん」
「ええ、大丈夫よ。でも、びっくりしたわ。シルくんは平気だった?」
「うん、僕はこういうのは平気だから」
「あのね、佳穂ちゃ、これは大手GM社が新規開発した商品の〝デモ〟を兼ねた宣伝なのよ。実際に使えるって事が分からないと誰も購入しようと思わないでしょう?」
「商品?いいえ、そんな事は無いわ。どんな商品かは知りませんけど、これはやり過ぎです。そこの貴方!女性を地面に押えつけて、それから一体何をなさるおつもりでしたの?この事はGM社に厳重に抗議させて頂きますわ。えっと、貴方のお名前は・・・」
「まあまあ、佳穂さん、そのくらいで許してあげなよ。ほら、慣れてくるとあんな感じみたいですよ」
「きゃ~ぁ、怖ぃです~ぅ♪きゃ~ぁ、きゃ~ぁ♪It’s so cool!!ぁははぁ~♪」
叫び声をあげながらも、襲い掛かってくる巨躯の者達に向けて手にしたスプレーのような物から冷気を噴射していた。
「そ、そうね、楽しんでるみたい」
「本当にすいませんでした。お詫びのしるしに、商品なのですがこれをどうぞ」
「え、何ですのこれ。暴漢スプレー〟?」

「まあ、今回だけは許して差し上げますわ」
石畳で敷き詰められた通路、壁には後に彫られたと見られるカラフルな花柄模様や蝋燭が辺りを照らしてはいるもののダンジョンの中はどこか陰湿なイメージがあった。このヴァルゴ・ダンジョンの主催者であるGM社は低コストでの経営を目論み、元々地下牢獄であったこの建物を安く買い取り、一般大衆女性向けに改築を施して、ガールズからヤングミセスをターゲットにした自社商品の販売や催し物を開催し、各地にあるギルドにはフリースペースを開放して交流の場を提供していたのである。ヴァルゴ・ダンジョンの名前の由来はこういうところからであった。また、先程の巨躯な男達の中には元囚人もおり、社会復帰を目指す者に広く手を差し伸べていた。
狭い通路を進んで行くと、音楽の音と何やら人のどよめきの声が聞こえた。
「ここは何のお部屋かしら?」
「ここは月別で催し物があって、今月はファッション・ショーだったかな」
「えー、そんなのもやってるんだ。ねね、見て行かない?」
「もう、私は見たからパスする」
「私も」
「シルくんは、まだ見てないでしょ?一緒に見に行こうよ」
「ううん、僕は今の服が1番気に入ってるからパスするよ」
「そう、残念ね」
「ゎたしは、何度でも見たいですぅ」
「じゃ、一緒に見て来よう」
「はーぃ」
「じゃ、私達3人は向こうの喫茶ルームでお茶でもして待ってるよ」
「うん、分かったわ。じゃ、行こうか、れかんちゃん」
軽快な曲が流れる中、眩いスポットライトに照らされて颯爽と歩き進む美女達はGM社専属モデルもいたが、各町のミス・準ミスも登場していた。着ている服は新作もあれば、旧作もあり、着ている服でモデルかミスかは見分けが出来た。新作のデザインは斬新で素晴らしかったが、旧作は大幅にプライスダウンして即売されていてお買い得商品でもあった。
「どれも素敵ですぅ」
「そうね、私が1番欲しいのは以前、雑誌で見た〝応援ユニフォーム〟なんだけど、この季節じゃ出てないみたいだわ」
「あ、ぁれ凄く良いです。私、買って来まーす」
「あまり無駄遣いしちゃ駄目よ」
「はぁーぃ」
佳穂は走り去って行くれかんを見送り視線をショーの方に戻そうとした時、一人の少女を見つけた。
(あんな小さい子がこんな時刻に一人で何でいるのかしら?)
彼女達がここに入ったのは日が沈み夕食が済んでからであり、少女が一人で外を出歩く時間ではなかった。
不審に思った佳穂は思い切って少女に声を掛けてみた。
「今晩は、お嬢ちゃん、今夜は一人でここに来たの?」
「こんばんわ、ソフィーヤと一緒だよ」
「ソフィーヤ?」
「うん、わたしのママ」
(自分のおかあさんを名前で呼ぶんだ。少し変わっているのね)
「ソフィーヤさんは何処に行ってしまったの?」
「ソフィーヤ、迷子になり易いから何処かに行っちゃったの」
「じゃ、お姉さんも一緒に探してあげようか?」
「ううん、大丈夫だよ。こういう所に来ると何時も離れ離れになっちゃうの。だから離れちゃった時は別々に見て回って出口で待ち合わせることにしてるの」
「そう、ねね、良かったら私と一緒にあっちでショーを見ない?一人より二人の方が楽しいでしょ」
「うん、良いよ」
「えっと、お名前は・・・」
視線を少女の胸元に向けると、この界隈のアカデミー中等部の女学生が身に付けているウサギのデザインをあしらったネームプレートを見つけた―〝Alies〟―
「アリ・・・エス、アリエスちゃんね。私は佳穂。宜しくね」
「うん、よろしく」
そこに、大きな手さげ袋を抱え込んだれかんが戻って来た。
「戻りましたぁ。もう、欲しい物ばかりで、ほんとぉはぁ10着くらい買いたかったんですけどぉ、3着にして来ましたぁ♥」
「ずいぶん欲張ったものね」
「あれ、この娘は?」
「この娘はアリエスちゃん。おかあさんと一緒に来たんだけど離れてしまったみたいなので、出口まで一緒に見て回ることにしたのよ」
「こんばんゎ、れかんです。よろしくぅ」
「よろしく、お姉ちゃん」

ファッション・ショーはダンジョンをイメージした鎧武者の服装やこの深まる秋の季節に新作コートの発表があり、どれも目を奪われるほど素敵な物を取り揃えていた。そして、最後には女性の永遠の憧れ〝ウェディングドレス〟が登場して幕を閉じた。
「さて、そろそろ皆と合流しましょうか」
「はぁーぃ」
3人は催し物会場の出口へと向かったが、不意にれかんは足を止めてつぶやいた。
「ぅ~ん♪アリエス?・・・何処かで聞いた事がある気がします~ぅ」
次回に続く・・・
『ID〔VIRGO DUNGEON〕後編』
ある秋晴れの休日の朝、佳穂はヴェーナの町の何時もの場所で一人座り、彼女が好きな濃厚な味わいのアッサムに高価だがクリーミーな味わいであるミルクを少量加えたミルクティを楽しみながら一枚の紙を眺めていた。
「ちゃぉ!佳穂ちゃ」
「おはよう、ルナちゃん」
現れたのは、このサークル〝ボヌール〟の代表。みんなを気遣い、根気強く、運が悪いところがあるけど、可愛い女の子である。このタイプは悪い男に捕まると身を滅ぼし易く―恋は盲目―クールな佳穂は何時もそんなことを気に掛けて心配していたが、異性の好みが異なるであろう彼女とは長い付き合いになるとも予想していた。しかしながら、彼女の異性関係は全くの不明であった。
「何見てるの?」
「これ?以前、〝素人の娘の方が親しみが湧くから、お友達と一緒に新しいアトラクションのモデルしませんか?〟て、みんなで撮ってもらったじゃない。。その時のだよ」
「でもさ、それってだいぶ前じゃないの?オープンしたのは確か去年の暮れじゃない。ひょっとして、佳穂ちゃ、まだ行ってないの?」
「うん、行ってないよ」
「ふむ」
「あ、何?私は口コミを大切にするのよ、口コミ。ほら、時間が経てば経つほどいろいろと良い情報も悪い情報も増えるでしょ?別に行き遅れじゃないわよ!」
「・・・」
人工的に造られた堀を巨大な滝壺へと透き通る水がさらさらと流れ、遠目には女王宮殿、アカデミー学院などの公共施設を眺められるここは下町、洋服屋さん前の空き地である。
そこに2人の女性が連れ立って歩いて来た。
「おはよう」
「おはよう、シルくん、きのぴー」
「ちゃぉ」
「シルくん、相変わらずビキニだね。季節の変わり目なのに、身体鍛えてるの?」
「そだよ、レンは体力勝負だから。常日頃から鍛えとかないとさ」
「へー、私なんか体調壊しやすいから、暑さ、寒さの変動が激しいこの季節、Tシャツ、ワンピに薄手のコートも用意しとかなくっちゃ。ほらこうして、衣装ケースを持ち歩いてるもの」
「それも異常かも」
「そうそう、見ちゃったわよ、きのぴー」
「え、え?」
「この間、そこでウキウキして立ってたでしょ?“まだかな、まだかな、彼、まだ来ないのかしら?”って顔に書いてあったわよ。デートだったんでしょ?」
「デ、デート!?そんなんじゃないわよ」
「はは~ん、毎日がデートだから、もう日課のようなものなんだ!」
「ちょっ」
取り分け何をするわけでもないが、こういったサークルがヴェーナの町には至る所にあった。
そして、人々は自分の気に入ったサークルに加入し、他愛もない会話を楽しんでいたのである。
「ところで、それ何?」
「これ?皆でモデルした時のだよ」

「私、まだ行ってないから口コミ情報集めてるんだけどね。」
「なるほど」
「懐かしいよね、あ、私、お腹が減ったから、何か食べ物を仕入れてくるね」
「じゃ、私もミルクティのおかわりしよう」
豊かな自然に恵まれて、農作物、特に果物、野菜、茶樹の栽培が多く、海も隣接していることもあり、ここ南国ヴィア・マレアでは様々な新鮮な魚介類も手に入れることが出来た。
それぞれ、好みの海産料理、デザート、飲み物で少し遅めの朝食を始めた。
「みんな、しっかり食べるのね」
「佳穂さんこそ、ミルクティだけでよくもちますね?」
「うん、私、末娘だから」
「それって、何か関係あるの?」
「甘やかせて育てられたから、気のみ気の向くままって感じ」
「関係ないような・・・」
「そう?私的には“納得の一言”なのよ」
「不思議な考え方なのね」
「それよりこのチラシ、問題あると思わない?ほら、私なんかあさっての方向を向いちゃってて、一人黄昏てる感じじゃない。これじゃ、妄想癖のある娘みたいじゃない?」
(一同)自覚無いんだ!
「ん?どうしたの、みんなきょとんとしちゃって」
「そう、私も何時もそんな役回りばかりなの」
「そだよね、ルナちゃん。ウィザードって縁の下の力持ちって感じで損な役回りだよね。それに比べて、きのぴーとシルくんは良いわよね。前面でアップですもの。この時だって、あのカメラマンさん、シルくんのことばかり撮りたがってたじゃない。男のいやらしさ丸出しって感じ。ま、確かにビキニにテンガロンハットってセンスは良いと思うけどさ。でも、何気で美味しいところを持ってくのがうめちゃんなんだよね。ほら、一人だけネオンが輝いてて目立っちゃってるもの」
そこに現れた、ボヌールの古株、少しお姉さんっぽい印象が彼女の特徴であった。
「あ、噂をすれば何とやら。おはよう、うめちゃん」
「ちゃぉ!」
「おはようございます。みんなで何してるのですか?」
「ほら、以前、撮ってもらったヴァルゴ・ダンジョンのお話をしてたの。うめちゃん、もう行った?」
「私、行きましたよ」
「みんな行ってるんだ。シルくんはまだだよね?」
「うん、なかなか機会が無くて、行ってないですね」
「じゃさ、今夜辺りにみんなでどうかしら?」
「良いですね。調度今、キャンペーンしてるみたいですよ。確か・・・」
「あ!楽しみが減るから言っちゃだめ」
「あれ?口コミを大事にするんじゃなかったの?」
「口コミ?そんなの眉唾に決まってるじゃない。当てにならないわよ」
(一同)この人の言う事は〝支離滅裂!〟
「ん?どうしたの、みんなきょとんとしちゃって。キャンペーンですって、楽しみよね」
「じゃ、私、用事があるから、もう行くね」
「うん、また後で」
―その日の夜―

「うめちゃんが来れなくなったって言うから、かわい子ちゃんのれかんちゃんを連れて来たよ」
「みなさん、よろしくおねがいしま~す」
「は~い、よろしくです」
(さぁて、どんなのがあるのか、楽しみ、楽しみ('-'*))
次回に続く・・・
『ID〔VIRGO DUNGEON〕中編』