ある夜、釦を押すと大小様々な窓が現れた。
時々、文字を綴り、繰り返し現れるそれを開け放つ。
時間にすると数分が過ぎ、全ての窓が開かれた。
すると・・・

― ロハン暦350年8月30日(木) ―

竹林

湯煙の中、女は目覚めた。
快適な目覚めではあったが、意識を取り戻すには時間が掛かった。
昨夜遅く、ここパルタルカ温泉に辿り着き、安全な場所と分かると、そのまま旅の疲れで眠りに落ちたのであった。

女の名は〝佳穂〟。
少々、生まれは込み入っており、上流階級〝ローブ家〟の分家の後妻が産み落とした五女である。
生れ乍らにしての類まれな才能は、やがて本家の〝ヒロイン〟の称号を持つ娘達と並び賞されるであろうと周囲に期待されていた。

―この大陸に於いては、モンスター、敵対者とは情け容赦なく戦闘を繰り返すことが一般的であり、また唯一の価値観でもあった。ヒロインとはそれに対する称号であり、当然のことながら、本家のヒロイン達は数多の修行を経て、それを得たのである―

しかし・・・
パルタルカ温泉(ダンス)
「ウッキー!ウキィ、ウッキーィ♪」
「きゃはは。お猿ちゃん、お上手、お上手。もっと、もっと回って!あたしも踊るわ。凄い、凄ーい」
と、修行はそっちのけ、遊び三昧の日々を過ごしていた。

佳穂が目を覚ました時、周囲にはたくさんの猿達が温泉で遊んでいた。
その中の湯口の辺りで騒いでいる猿を見つけると、服が濡れることさえ顧みずに近寄り、一緒になってはしゃぎ始めたのである。
それから数十分ほど猿達と戯れていたが、濡れた服を脱ぎ、湯に浸かった。

― 6日前 ―
「お父さま、暫く、修行の旅に出掛けて参ります」
「うむ、何処に行くつもりだ?」
「以前より巷を騒がしてるPkerの拠点、バラン島に視察を兼ねて行って来ようと思います。敵を知ることは大切なことですから」
「そうか。では〝ルウ〟を連れて行きなさい。5日、5日だぞ。それ以上の敵地侵入は危険が伴うからな」
「はい、お父さま、行って参ります」


ここに立ち寄ったのは5日にわたる長期旅行の疲れを癒す為であった。
普通の旅とは異なり、宿に滞在する事など無く、入浴すら儘ならない―とは言え、湧き水、滝壺、浜辺など、水がある所では汚れた身体を洗い流し、愛用しているフレッシュフローラルの香水で清潔さは維持していた―日々に辟易していたからであり、〝オシャレ〟を重んじるローブ家の風習に他ならなかった。
また、パルタルカの泉質が美肌効果がある炭酸水素塩泉であったのもそのひとつの理由である。
パルタルカ温泉(入浴シーンA) パルタルカ温泉(入浴シーンB)
人心地すると、深くため息を吐き、周囲を見渡した。
「あれ、ルウくん?・・・ルウくん?」

連れのルウ―連れと言っても、彼女のボディーガードとして父が特別に本家と掛け合い、許可をもらったペットのライオンではあるが―が居ないことに気付いたのである。
辺りを見渡すが、陽気な猿達、岩、提灯や竹林しか見つけ出せなかった。
そして、最後に水中を覗いてみた。

「そっか、ルウくん、小さいから頭まで浸かっちゃうんだね」
「ゴボゴボゴボッ・・・」
「ルウくん、凄いね。よく息が続くわ。ねね、今度、あっち、あっちに入ってみようよ」
ザブーン♪
「ブクブクブクッ・・・」

お湯に浸かっては湯冷ましをし、浸かっては湯冷ましを繰り返し続けた。
湯冷ましをした場所には硬い岩に敷かれた竹の皮を薄く剥ぎ、4つ割にした竹を並べた上に、十分に厚くその皮を乗せた物が置かれていて、とても柔らかく、座り心地の良い場所であった。

「それにしても、お腹が減ったなぁ。考えてみたら、レプデカを出てからほとんど食べてないものね」
「ムシャムシャムシャ・・・」
「ルウくんは良いわよね。こうして旅をしてても普段と変わらず、お肉もりもり携帯ペットフード〝美味しい肉〟が有るんですもの」

ふと、先程一緒に遊んでいた猿の隣に陣取っている猿達の方を向いた。
朱色に染められた和傘、竹で作られた桶やタオルなど、よく温泉で見かけるものの中に白い瓶を見つけた。

「あのお猿さん達はお酒を飲んでるけど、一体どこで手に入れたのかしら?」

一瞬、彼女は考え込んだが、直ぐに答えをみつけた。

「そうか、ルウくん、行くわよ」
「ガルゥ(どこへ)?・・・」
「パルタルカの町によ、きっとそこから持って来たんだわ。今夜はご馳走が待ってるわよ!」
ザザーッ♪
「私、着替えるから、ルウくんはあっち向いててよ、一応、男なわけだし。あ、覗いたりしたら、本家のあなたの本当のご主人様、ミリアさんに言いつけるから!。あの人、あんなに可愛い顔してるのに、怒ると凄く怖いのよ。あの鈍器、あれは反則よ、反則。ルウくんなんか一発であの世行き間違いないわね」
「ブルブルブル(きゃぃ~ん)・・・」

残暑厳しい夏の終わりの季節とは言え、ここは北国。
隣国のドラットでは万年雪が降り続けるほどの寒冷地域であり、日が暮れればぐっと気温も下がる。
そこで、用意周到な彼女は外套を持って来ていた。
純白の生地に青いラインが入っており、後ろには水色の生地で装飾が施されたデザインで、胸元は彼女の膨よかな胸をより一層目立たせていた。
手にはローブ家に伝わる業物〝ミリアムスタッフ〟―このスタッフは自由に精霊契約を結べる為、上位モデルの〝ラティメル〟を凌ぐ性能を誇る―を携えていた。

「ルウくん、行くわよ。」

将来を有望視された彼女ではあったが、まだまだ修行の身、対する警備兵の攻撃の凄まじさは十分に聞き及んでいた為、オッドアイとエルフ特有の尖った耳に神経を集中させ、街道から少し外れた竹林を影を潜め、警備兵を迂回しながら町へと近付いて行く。
幸い、佳穂の能力は警備兵のそれを上回り、難なく町の手前まで辿り着いた。
すると、彼女は足を止め、身を屈めて観察をした。

「BSと町の警備兵が1、2、3、・・・人、多過ぎるわ」

―BS(バインドストーン)、このロハン大陸で如何なる場所からも瞬間移動を可能にした〝もの〟。誰が造ったのか、そのシステムの原理等は、全く、分からないが、人々が生まれる以前から大陸に存在していた。大陸を創り出したのが〝主神オン〟であるならば、BSを創り出したのもそうなのかもしれない。この〝もの〟を使用するには乗車券ともいえる〝ポタ石〟が必要であるが、これもまたどこで製造されるのか分からないが、尽きることなくお店で誰もが自由に買うことが出来た。しかし、抗争を繰り返す各種族にとっては、町同様に厳重な警戒をする必要があった為、各統治者は最強の兵士〝警備兵〟を駐在させていたのである―

パルタルカは町とBSが隣接しており、他の種族の町よりも警戒が厳重であった。
彼女は握っていたスタッフに力を込めると、意を決したように呟いた。

「よし!」


次回に続く・・・
バラン島周遊記Ⅱ



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