夕暮れ時の大通りの繁華街を1人で歩いていた。
帰宅するにはまだ早く、1人で入るお店も見当たらない。
私は狭い小道に入るとその奥に小さな看板が掲げられているショットバーを見つけた。

小さなドアを開いて店内に入ると、薄暗く狭い空間にはカウンターとその前に並べられた高脚の丸い椅子があった。
椅子の台に爪先を乗せて椅子に座ると、今まで私を支えていた脚は解放されて自由のみになった。
私は脚を組み、両肘をカウンターについて手を合わせると、チョッキ姿のバーテンさんにお酒とツマミを注文した。
私はお友達にメールを送信する。
誰か暇人はいないかしら?

暫くすると目の前に細長いグラスとピーナッツが差し出された。
右手でグラスを掴み、軽く一口、口に含ませた。よく冷やされた爽やかな喉ごしに魔法の薬が混ぜ合わさったドリンクは私に人心地付かせた。左手で小皿に盛られた数種類のピーナッツを口の中にポンと投げやる。頬張り終わると、またドリンクを飲む。

チリンチリーン。

店のドアが開き、別のお客さんが入って来た。

コツコツコツ。

彼は無言で私の隣の椅子に座ると何やら注文を重ねた。

ここはショットバー。
1、2杯お酒を飲んで、飲み終わればさっとお店を出て行くほんのつかの間の場所。
誰に気兼ねをすることもない。

彼は注文した品が出て来るまで暇をもてあましたらしく、私に話掛けて来た。

「新顔さんですね?ここは初めてですか?」
「ええ」
「僕は偶にここには立ち寄るんですよ」
「そう」
「こういうところには良く来るの?」
「ええ、偶に」

私は視線を逸らして、置いてあったグラスを手に取り、彼に横顔を見せてお酒を飲んだ。

「あ、ごめんなさい。まだ貴方のお酒がありませんでしたね」

シェーカーの軽快な音が鳴り終わり、バーテンさんが彼に三角形のグラスに注がれたお酒を差し出した。

「乾杯してもらっても良いですか?」
「ええ、良いですよ。でも、何に?」
「そうだな。貴女に」
「じゃ、私は貴方に」

カシャン。

薄いガラス製のグラスが綺麗な音色を立てた。

「良かったら、ピーナッツを食べませんか?注文したんだけど少し量が多くて」
「あはは。そうかもしれませんね。ここのマスターは気前が良いですから。じゃ、遠慮無く頂きます」

カウンターの片隅でマスターは洗い物をしながら微笑んでいた。

「そうだ、夕食はもう済ませましたか?」
「え?」
「あ、いえ。まだでしたら、一緒にどうかと思って」
「はあ」
「近くに美味しいお店があるんですよ。」
「・・・」
「初対面じゃ。行き難いですよね」

メールの返信はまだ誰からも来ない。
今夜の予定があるわけでもなし・・・。

「いえ、ご一緒させて下さい」
「本当ですか!じゃ、早速行きましょう」

彼はグラスに残っていたお酒を一気に飲み干すと私をエスコートしてショットバーを出た。
残されたのは私の飲みかけのグラスとピーナッツが数個だけ・・・。



彼が案内してくれたのは静かな曲が流れている大人のムードが漂うダイニングバー。
仄かな薄明かりが天井のスポットライトから店内を照らしていた。テーブルの横に置かれたオレンジ色のスタンドライトが手元を明るく照らしていて、近寄らなければ相手の顔がよく見えない。男女連れのカップルということで店員さんが気遣ってくれたようである。時折、離れた場所から人々の話し声やら、笑い声が聞こえていたが店内の端に席を用意してくれた。私は魚料理をメインに前菜と白ワイン、それとデザートを、彼は肉料理を注文した。

「あの、お名前は?」

私は相手の名前を聞いていなかったことに気付いて訪ねてみた。

「そう言えば、自己紹介をしていませんでしたね」
「私は佳穂」
「僕は大林と言います。アパレル関係の仕事をしているんです」
「アパレル?デザイナーさん?」
「いえいえ、売り歩くんですよ」
「あ、なるほど」
「あれ?佳穂さんってどこかで聞いたような・・・」
「きっと、ありふれた名前なんですね」

彼の身嗜みがしっかりして、好感が持てたのはそういうお仕事をしているからだと納得した。
前菜を食べながら、彼は話を始めた。

「僕、R.O.H.A.Nってオンゲーをやっているんです」
「オンゲー?」
「オンラインで遊べるゲームのことです。数年前からやっているんですけど、やり始めるとなかなかはまるんですよ」
「まあ、そんなに面白いんですか?」
「ええ、偶にしかやらないのでなかなか先には進まないんですけど」

私はショットバーで飲んだアルコールもすっかり醒めていて、初めて聞く彼の話に会話を合わせた。

「ゲームの中で自分のキャラクターの装備を作っていくんですけどね。これが凄く大変なんですよ」
「ああ、だから長続きするのかしら?」
「どうなんだろ?その中に自分で防具を一から作ることが出来るのがあるんですけどね」
「防具?」
「まあ、日常生活だと服なんでしょうね」
「大林さんのお仕事と一緒ですね」
「あ、そうかもしれません」

私はグラスワインを飲んで口の中を潤した。
彼はナイフで肉を切りながら、話を続ける。
食物を取る時に時折、相手の表情が窺える。
彼は食事と会話を楽しんでいるようである。
私も初めて聞くお話に耳を傾ける。

「生産防具っていうのがあるんですけど、周りの人はあまり作らないんですよ」
「あら、何故かしら?デザインが良くない?」
「ははは。デザインというより性能なんでしょうね」
「性能?」
「ええ、他にも防具があって皆はそっちを作ったり、ゲーム内で買ったりするんです」
「・・・」
「性能はそっちと同じなのにそっちを作る素材を何個も作って、やっと作れたとしても定期的にメンテナンスをしないといけないのが生産防具なんです」
「メンテナンス?洋服だとアイロンを掛けたり、クリーニングに出したりかしら?」
「そ、そうですね。面白いことを言うな。今まで考えてもみませんでしたよ」
「スリーシーズンの服とかだと着こなし方もバリエーションがありますよね?ほら、ワンピだと上着を羽織ったり、中にジーンズを穿いたりとか。あ、アパレルでも紳士服専門ですか?婦人服では分り難かったかも」
「いえいえ、そんなことはありません」
「きっと、そんな洋服なんでしょうね。防具でしたっけ?」
「スリーシーズンの防具?」
「格好良いヒーローが戦う相手によっていろいろと変身したりとかするのを子供の頃にTVとかで見ませんでした?」
「ああ、見ました、見ました。1話で3タイプとか変身してくれるとその日は得した気分でしたよ」
「結婚式のお色直しみたいですね」

生産防具

メインも食べ終わり、デザートが出された。
こんな時、恋人同士だったら甘い〇スでもするのかしら?

お店を出て彼に夕食に誘ってくれたお礼をして別れた。
またあのショットバーに行けば彼には会えるかも知れない。
夏の夜風が私のアルコールで火照った頬を冷してくれていた。
そろそろ、お家に帰ろうかな・・・。


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