チュンチュン。
チュンチュン。

早起きの小鳥の囀りで私は目を覚ました。旅の疲れはまだ残っていたけど、ベッドから起き上り、シェードを上げて出窓を開けた。
遥か彼方まで続くコバルトブルーの空に真っ白な雲たちが地上より舞い上がった悪戯で冷ややかな風に流されてさわさわと模様を付けていた。
目覚めたばかりの目に眩い七色の光線を放つ太陽と冷たい空気がそこにはあった。



「おはよう」

笑顔で私に手を振りフェスタが呼び掛けてきた。
私達の中でいつも世話役のしっかり者で生真面目な彼女はセミロングの銀髪の後を清楚に結上げている。

「おはよう」
「ねえ、どうだったの?」
「うん、現状調査でひと回りしただけの旅だから直ぐに終わったわ」
「そっちじゃないよ、陸翔先輩のこと。ドラットに行って来たんでしょ?」
「・・・」
「そっか、手掛かり無しか。でも、きっと先輩は大丈夫だよ」
「ええ、私も信じてる」
「うんうん」

彼女は笑って私を元気付けてくれた。

「おっはよう」

そこにあわてんぼうのセーラーが白いショルダーバックを腰元でポンポンと弾ませながら大股で走って来た。

「ねえねえ、レポート調査に託けて陸翔先輩を探しに行って来たんでしょ。行方は分ったの?」
「それが、手掛かりは掴めなかったんだって」

私を見つけたセーラーの問い掛けにフェスタが答えた。

「やっぱり、これは浮気よ」
「!?」
「旅先で知り合った絶世の美女との仮初の愛。結婚を間近に向かえたマリッジブルーがなせる揺れ動く男心。これは結婚という男の墓場に落ちて行く前のほんのお遊びなのかもしれないぞ」
「陸翔は浮気なんかしません!」

私は眉間に皺を寄せ、彼女を睨み付けて言い放った。

「そうかな、先輩だって男だよ。浮気しない男っていないって言うよ」
「しないの!」
「セーラー!きつ過ぎ」
「あん、怒っちゃ嫌よ。冗談なんだから」
「もう」
「思い起こせば、2年前のバレンタインデー」

彼女は私達から視線を逸らして下を向き、振り返りながら腕を組んで話し始めた。

「セーラー、またその話?」
「また?そうだっけ?1回くらいしか話してない気がするけどなあ」
「フィアンセの前でよく話すわ」
「良いじゃない。2人は相思相愛。今や自信過剰の似た者カップルの間には蟻の這い出る隙もないんだから。それに佳穂がヴェーナに来る前の話じゃない」
「え?」

彼女自身から陸翔のことが好きだった時があったことは以前から聞いていたけど、特に違和感は抱いていなかった。私と陸翔が出会う前の話しだし、女にもてるのは男の勲章のようなものだと理解している。意外だったのは自信過剰の一言だった。

「ああ、陸翔先輩への切ない恋の病に侵された女心に勇気を振り起し、一世一代の決意をして作った力作〝手作りらぶらぶチョコ〟をぶら下げて、あの日、告白という手段にでた私に言い渡された結末は敢え無くも玉砕。間髪いれずに言い渡された『ごめん』の一言は悲しかったわ。チョコすら受け取ってもらえなかったもの。例えるなら、空腹に耐え忍び、延々と深夜遅くまで続く講義がやっと終了。あの耐え難い空腹感を満たす為に必死に駆け足でお店に辿り着いたその瞬間にシャッター、ガラガラ。『はい、閉店です』それまでって感じよ」
「何それ?でも、あのチョコ、美味しかったよね」
「そう?私、食べてないもの」
「そりゃ、そうよ。私の所に来て、『こんなの要らない!』とか言って、私に投げつけて、一晩中、泣きじゃくって明かしたじゃない」
「ずるい、フェスタ。自分だけ空腹を満たしていたのね」
「でも、翌日にはケロッとしてたじゃない」
「そんなことないよ。一月以上引きずっていたもの」
「そうだったんだ」
「あ!大変。遅刻、遅刻。講義に遅れちゃう。じゃ、またね」

彼女はいつもこんな調子で駆け抜けて行く。

「セーラーは根は優しいんだけど相変わらず毒舌よね。でも、ああやって気を紛らわしてくれるんだよね」
「ええ、私もそう思うわ。陸翔のことだから大丈夫だとは思うんだけど・・・」

「クシュン♪あれ、誰か私の噂でもしてるのかな?」

「あは。走りながらくしゃみしてる人って初めて見たわ」

セーラーの後姿を見ながらフェスタはそう言った。

「ところで、リリアは?一緒にリマに行ったんだけど、途中で分かれたのよ」
「リリアなら昨日帰って来て、早速やってるわよ」
「あのリリアがね」
「違う、違う」
「え、レポートの整理じゃないの?」
「いつものあれよ、あれ」


ドゴーン♪

各部屋に仕切られた訓練場に行くとけたたましい音と共にリリアの掛声が聞こえた。彼女は武術優待生として入学してきて、1学年にして既にアカデミーでは有名人物であった。数々の模範試合での優勝も然ることながら、彼女のざっくばらんな性格は誰からも慕われるところがあった。
リリアの稽古
「あ、来てたんだ」

リリアは部屋の入口で見学をしていた私を見つけると声を掛けて近づいて来た。

「相変わらず、激しい訓練をしているのね」
「何言ってるのよ。こんなの訓練にならないよ。1学年だから制限が設けられていて、こんな相手の部屋しか許可されて無いんだもの。早く上級コースに行きたいわ」
「そ、そうね。リリアには物足りないのかもね」

彼女は汗ひとつかいた様子も無く話を続けた。

「ねえ、久し振りに相手してくれない?」
「わ、私?」
「そう、佳穂さまにお願いしてるのよ」
「私はダメよ。武術優待生のリリアに敵うわけないじゃないの」
「10勝11敗」
「何それ?」
「私と佳穂の対戦成績よ。私が負け越しているわ」
「ちょっとそれ何時の話よ。子供の頃の模範試合のことじゃないの?」

武官である父は“例え女でも護身術のひとつも身に付けねばならない”という理由で地方の武術大会に私を出させていた。幼少より各地を転々と周り、主要な武術大会に出場していたリリアとは何度か対戦をしたこともあり、フェスタやセーラーとこのヴェーナで知り合うより以前からの友達だった。

「逃げるの?」
「うん、逃げる」
「全く、神学科の人って何で皆こうなんだろ」
「どうして?」
「だって、私、入学早々のお遊び半分の非公式の模範試合で陸翔先輩に負けたのよ。神学専攻の優男だと思ったらとんでもない。何であんなに強い人が神学専攻なんだか全然分らないよ。武術優待生の名折れだわ。これはもう『神のみぞ知る』ってことなのかな。佳穂だってまだまだいけるんでしょ?」
「ううん、そんなことない。将来の将軍さまと噂されるリリアさまの足元にも及ばないわ」
「もう、恋する乙女はこれだから」
「それどういう意味?」
「言葉通りよ」

公式試合で最初に勝ったのは確か私だったと思う。それまで無敗だった彼女にとっては衝撃が強かったらしく、試合の翌日にはリターンマッチと言って私の家に押し掛けて来たりした。そんな彼女と数年前までは会う度に服が汚れることも気にせずに稽古をしていたものだった。

「佳穂は直ぐに立ち去っちゃったけど、私は方々を見て周ったの。南部って本当に可愛い建物が並んでてさ。そこに苺ジャムのお店があってね。自分でイチゴ畑で摘んだ苺をその場でジャムにしてくれるのよ。焼きたてのパンに付けて食べる苺ジャムは美味しかったな。リマは苺狩りとかで有名じゃない。そうそう、それからね。ランベックには佳穂が好きそうなアクセサリーショップとかもたくさんあったわよ。ねえねえ、今度またのんびりと一緒にリマに行こうよ」
「う、うん」
「なあに、陸翔先輩のこと?」
「・・・」
「大丈夫よ。先輩は。私ですら敵わないくらい強いんだから」
「そうね。リリアなら1個小隊くらいは1人で相手に出来そうだものね」
「それ、どういう意味?」
「女傑?」
「はいはい。どうせ私の恋人はこちらにいます訓練用のロボットですよぉ」
「・・・」

一瞬、会話が途切れて現実の世界に戻った私の心中を察したリリアは私の手を握った。

「佳穂・・・」

私は優しいリリアに凭れ掛かり、彼女の胸元に顔を埋めて濡らしていた。

昔からの親友にだけ見せられる姿だった。



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