南の地にある穏やかな国ヴィア・マレア。
其処の北に位置する運命の分かれ道に“マレアの神殿”はある。


女神マレアの石像
誰も手を出すことの出来ない絶壁に据え置かれた巨大な石像を私は小高い丘から見つめていた。

陸翔の行方は未だに不明である。
武官である父に北方の国の情報を集めてもらうようにお願いしてみたものの個人の行方など分るはずもなかった。彼のご両親はエルス港に開業している有名な探偵を雇ったらしいけど、そちらからも何の手掛かりも掴めないままだった。
私は神にでもすがる気持ちで此処に脚を運んでみたものの今の私を救ってくれる神などいるわけも無かった。

(どうか私に彼を探す知恵を授けてください)

平和と知恵を愛する女神は無言で遥か彼方の東の空を見つめていた。



「お姉さん」

後から声を掛けられて振り返ると、そこには長い赤髪を後ろでひとつ、両サイドにふたつに結び、キュロットを穿いた如何にも活発そうな少女が立っていた。

「鮎美ちゃん」
「こんな場所で会うなんて偶然だわ」
「まだお姉さんは早いわ」
「佳穂さんは兄貴のフィアンセなんだもの。『お姉さん』って呼ぶのが普通でしょ?」
「それはそれで嬉しいんだけど、何だかこそばゆいわ。私、末娘だからお姉さんらしくないでしょ?」
「そんなことないです。私、妹しかいないからずっとお姉さんが欲しかったんです」
「妹?」
「ええ、私の下に年が離れて妹と弟がいるんです」
「私はてっきり陸翔と鮎美ちゃんの2人兄妹だと思ってたわ」
「妹の名前が“かほ”って言うんですよ。果実がすくすく育つようにって、果実の果と歩くを付けたみたいなんですけどね」
「そうだったの」
「だから、“かほさん”って呼び難いんです」
「それはそうかもね。陸翔は私のことを“かほ”って呼ぶけど、どう言い分けてるのかしら?」
「兄貴は果歩のことは“チビ娘”ですね」
「まあ」
「でも、私の名前は手抜きっぽい感じがしません?」
「・・・」
「パパに聞いたら、丁度その時に鮎が食べたかったから付けたんですって。失礼しちゃいますよね。だけど、2番目の子は女の子が欲しかったみたいで、私が生まれた時は両親とも凄く喜んでくれたみたいなんです。それにしても、兄貴そんな話もフィアンセにしてなかったんですか?」
「ええ。でも、何度も陸翔の家に行ったけど2人共いなかったじゃない」
「お姉さん達が来るのはいつも夜半だから。小さい子供は奥で寝てますよ」
「それでお母さまが偶にお話の途中でいなくなったりしていたのね」
「ええ。弟の面倒をみに行ったんだと思います。やっと立って歩くようになったばかりですから」

私の知らなかった彼の家族構成に少し驚いていると彼女は話を続けた。

「ほんと、兄貴はダメですよね」
「え?」
「ルックス、頭はそこそこ良いんですけど、肝心なところが少し抜けていると言うか何と言うかですよ」
「ふふ。そう言われるとそうかもね」

私達が小高い丘で立ち話をしていると、いつの間にか辺りは薄暗くなった。ポツリ、ポツリとコートの上に小粒の雨が当たった。

「お姉さん、こっち、こっち」

彼女は私に近くのマレアの神殿で雨宿りをしようと手招きした。
周囲を細長い屋根で囲まれた場所まで辿り着くと今までの青空が嘘のようにすっかり空は雨雲に覆われてしまっていた。
直ぐに雨脚は強まり、横殴りにザアー、ザアーと激しく降り注いだ。

ピカーッ!
ゴロゴロゴローン!

「きゃあ」

南方の海上の上空の方で眩い閃光を放ち、轟音を立てた雷鳴に思わず悲鳴をあげた。彼女は私の腕を掴んでびくびくしながら尚も叫び声をあげた。

「雷、嫌い!」
「大丈夫よ。鮎美ちゃん」

ピカーッ!

「ねえ・・・何か・・・何かお話して」
「そうね。お話と言うよりも聞かせて」

私は話を聞くよりも自分で話していた方が集中すると思い質問をすることにした。

「なにを・・・です・・・か」
「鮎美ちゃん、好きな人いないの?」
「えっ?」
「ほらほら、白状しちゃいなさい。そうしないと雷がなるわよ」
「いやん」

彼女は照れ臭そうに少しもじもじしていた。

「彼氏とかはいないの?」
「えっと、今は彼氏はいないんだけど、気になる人なら・・・」
「どんな人?」
「どんなって。兄貴に輪をかけたような朴念仁」
「あら、陸翔は朴念仁じゃないわよ」
「そうかなあ。一緒に暮らしていると無愛想ですよ。私が言うことなんかうわの空で聞いてるのか聞いてないのか分らない感じの時とかよくあるもの」
「そうなのかしら?で、その人は?」
「何か気になるんです。いつも調べごとばかりしていて。無愛想で、上から目線なんだけど、偶に私のことを褒めたりしてくれるんです」
「先輩とか?」
「ううん。探偵さん」
「ドノバンさん?」
「えっ何で分っちゃうんです?」
「探偵と言ったらあの人ぐらいしかいないでしょ?」
「あ、そうか」
「でも、ドノバンさんって随分年輩みたいだけど、どうやって知り合ったの?」
「私が小さい子供の頃に家族でエルスにお買い物に行ったんだけど、その時に迷子になっちゃった私の面倒をみてくれたのが始まりなの。それから遊びに行くようになって」
「ははん。初恋っていうやつね」
「えっ。そんなんじゃないです。普通に同年齢の男子に初恋はしたし。でも、最近は若い男子って虚栄心ばかり目立って。物足りなくなっちゃって」
「そうね。そういうのはあるかもしれないわ」
「私ね、探偵のバッチを持ってるんですよ」
「バッチ?」
「うん。偶にドノバンさんのお仕事のお手伝いをするんですけど、頑張った時は金色のバッチをくれるんです。だから、探偵のいろはくらいは知っているんです。兄貴のことも直ぐにでも探しに行きたいんだけど、ドノバンさんが『闇雲に探しても仕方ないから、もう少し確かな情報があるまで待ちなさい』って言うんです」
「そう」
「ねえ、お姉さん」
「なに?」
「アナザーワールドって知ってます?」
「テーマパークの?行ったことはないけど」
「ねえ、兄貴が戻ってきたら一緒に行ってくれません?私、タダ券を持ってるんです」
「ええ、良いけど」
「良かった。これで彼も誘えるわ」
「え?」
「・・・」
「あ、私達をデートのダシに使うつもりね」
「えへへ。だって、何か・・・照れるんだもの」
「はいはい。現地では別行動ね。了解、了解」
「別にそんなんじゃないです」
「照れるな、照れるな。恋せよ乙女」

私達が話に夢中になっていると、いつの間にか雨雲が去り、遠くの空はその本来の青さを垣間見せていた。



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