「ねえ、ムキムキ君のところに遊びに行かない?」
今夜、彼女は自分でも思いもよらない感情が混じった悪戯心に取り憑かれていた。ひとりだけでは退屈だと思い、仲間を呼んで、時々、衝動的に駆られる筋肉質な如何にも強そうな男が弱っていく様を堪能することを思い付いたのである。
バイオレットのショートカットの女は何をするのか分からなかったが、妖精の誘いに二つ返事で答えた。もうひとりの真紅のロングドレスを着た女は目を輝かせながら、灰色にエメラルドグリーンの細い横縞の小さな仮面を被って、にやりと微笑んだ。
「行こう、行こう」
「パティーの始まりだ」
彼女達は妖精がある掲示板に書き込んだ募集を見て集まって来たそれぞれ異なった能力を持つ多種族であり、少人数ながらもギルドを結成して助け合っていた。普段は別々に行動をしているが、時折、こうして誘い合って、一緒に出掛けることが度々あった。
「あ、待って。私達だけだとムキムキ君が暴れだしたら面倒だから・・・」
「例の一族?」
「ええ。誘ってみるわ」
銀髪の女は他の者が聞くことが出来ない専用のフィルターの掛かった回線のような魔法で、遠方にいるであろう例の一族に声を掛けた。彼らはあまり体験したことが無いらしかったが、興味津々の様子で、二つ返事で行動を共にすることになった。一同はムキムキ君の棲家の洞窟付近で待ち合わせることにして会話を切った。
彼女は町にあるプライベートの金庫にしまってあるムキムキ君を呼び出す〝鍵〟と呼ばれているものを取り出した。
「これで準備が整ったわ。さて、ゲームの始まり、始まり」
これから起きる出来事に期待を膨らませて、二重瞼で大きな目を見開らいて、笑みを溢した。
妖精が待ち合わせの場所に到着すると例の一族だけが遅れているようであったが、まもなくして、集団は姿を現した。全員が揃ったことを確認した真紅のドレスの女は抑えていたものが解放されたようで、一目散に洞窟へと向かう急坂を駆け上って行った。
「あ、待ってよ」
それを見た他の者も彼女に従って走り出した。
洞窟内に入ると蜘蛛の巣が至る所に天上から張り巡らされ、幾つかの広いスペースに区切られていた。そこには贅肉だらけの巨大な怪物達が通路や部屋に本能的なものを求めて彷徨っていた。弱い者だったら忽ち行く手を阻まれたであろうが、彼女達の力はそれらを大きく上回っていた為に何事も起きなかった。突然、真紅のドレスの女は短剣を抜き、無言で、無表情ではあるが心の中では『キャー、ハッハッハーァ』と叫び声をあげて、怪物達に斬りかかりながら前進して行った。妖精はその女に残忍さを感じながらも自分も抱く同様のエクスタシーに身震いした。
「ちっ、先を越されたか。仕方ない、別の場所に行こう」
目的の部屋に辿り着くと、今夜、同じことを思い付いた者がいるらしく、そこにムキムキ君は居なかった。
「待って」
仮面の女が先導して立ち去ろうとすると、妖精は彼女達を引き止めた。
「準備は良いかしら?ムキムキ君を召還するわよ」
彼女は出掛けに持ち出してきた鍵をカバンから取り出すと、地面に置かれている幾つかの小さい銅像の一つにそれをかざした。すると、彼女の背丈の倍以上はある鍛え抜かれ、引き締まった筋肉を持つ巨躯な怪物が眠りから醒めたように静かに姿を現した。上半身裸の姿は見るだけでも妖精を十分満足させたが、左手で怪物の胸に軽く触れ、ゆっくりと指でなぞり、獲物の品定めをした。硬く分厚い胸板は頭に降り掛かる生温かい息遣いと同調して僅かに揺れ、逞しく盛り上った腕の筋肉は彼女の身体を軽々と持ち上げて、意図も無く我がものにしそうであった。数秒後、振り返り、怪物に背中を見せると、ゆっくりと皆の方に向かって歩き始めた。そして、指を鳴らして合図した。
「さあ、今夜の獲物よ」
例の一族のひとりの男がムキムキ君目掛けて攻撃を仕掛けた。ショートカットの女は何をして良いのか分からずに贅肉だらけの怪物と戯れていたが、妖精に指を指されて、向かうべき相手を理解した。
妖精は安全の為に両者にバリアーを与えながら、その様子をじっくりと観察していた。仮面の女は自分には役不足な相手と判断すると妖精に倣って傍観していたが、それに飽きると贅肉だらけに斬りつけて、自らの欲求を満たしていた。今夜の獲物は2人の為に用意されたようなものであった。
男と女は一心不乱に筋肉隆々のムキムキ君と格闘をしていた。一族の男は大きな身体に不釣合いな短剣を素早い動きで斬りつけていたが、規則的に足を振り上げては地面に叩きつけると、大きな地響きと共に周囲にいた贅肉だらけの怪物もろとも衝撃波を浴びせかけて威嚇していた。一方、バイオレットの女は左右に細長い剣を薙ぎ払い、勢いよく跳び跳ねると剣を突き立てて串刺しにしようとしていた。
「フンッ」
「ハァ、ハァ」
攻撃の際に発せられる互いの武器の交じり合う重く甲高い金属音と2人の掛け声が静かな洞窟内に木霊していた。
渾身の力で攻撃しても、攻撃しても一行に弱らない2人にムキムキ君は焦りを感じているようであった。彼、そう、元彼であったムキムキ君の呼び名は〝堕落した魂の守護者〟。強さに取り憑かれ、その欲望を満たす為に悪魔と契約を交わし、強さと引き換えに魂を売った男だった。
「ガォー!」
時折、ムキムキ君の怒号と共に繰り出される攻撃が2人を何度か金縛りにさせた。

「押さえ込まれちゃってるじゃない」
見兼ねた妖精は例の一族の長に古より伝わる暴れし者を手懐ける秘策をそっと耳打ちした。長は何のことか分からなかったが半信半疑で彼女の指示に従うことにした。
「やー!」
たった1度の攻撃でムキムキ君の怒号は収まり、巨大な矛を振り回すだけの木偶の坊に成り下がった。
強靭な肉体を持つ大男は休むことなく格闘を続けていたが、バイオレットの女はムキムキ君の底無しの体力に少々閉口して来た。怪物の相手を男に任せ、少し手を休めると、リラックスの為に軽く手足を伸ばした。その妖艶な仕草は初めて知る快楽に酔いしれているようであった。
「ふふふ・・・さあ、お前の持っている全ての物を私達に差し出しなさい」
妖精はムキムキ君が盲滅法に暴れ周り、徐々に弱り果てて行く姿を見ながら呟いた。
そして、もうひとつの喜びの時が来る日を待ち望んでいる。
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