カチャ。

静まり返った部屋にドアの閉まった音が響き渡った。
私はそのまま奥へ進み、クローゼットルームの扉を開けて入ると、コットン製のレモンシフォン色にネイビーの細いラインで丸襟が飾られているお気に入りの可愛らしいパジャマに着替えた。もう一度部屋に戻り、写真を大切に胸に抱え、今度は白い基調のベッドルームへ行くとパチリと音をさせた。明かりの消えた部屋にベッドの脇にある閉められた薄手のカーテン越しに外灯の光が僅かに差し込んでいた。私はゆっくりとベッドに向かい、厚手のプレーンシェードを下ろすと端に腰を掛けて仰向けに横になった-(私を優しく受け入れ、ゆっくりと深く沈む)-毛布を掛け、両腕を毛布の上に出して写真を胸に抱くと目を閉じ-(私が発したものを包み込んで、それを心地よく私に返す)-寝返りを打ち枕元に置いてあるテーブルのスタンドを灯して写真をそこに置いた。



アカデミーでは広く知識を修めることを目的としていて、神学専攻の私にも専門外の分野が義務付けられている。私は履修した一般教養のひとつ、植物学の調査で緑豊かなリマの地に行って来た。調査と言っても名目で、私の本当の狙いは行方不明になった彼の痕跡を辿る為にドラットを訪れることだった。
リマ地方は植物の他に最高級の貴金属や鉱物資源に恵まれて、商業・工業の町で知られ、ロハン大陸全土に多大なる経済効果を巻き起こしている。こんな時でもなければ、ゆっくりとアクセサリーショップ巡りでもしてお買い物を楽しんでいただろう。
旅程は1週間程度で、リマでは幼少の頃より本家の姉より教わった知識の甲斐もあって、形ばかりの調査を半日で済ませると、その足で北国ドラットへと向かった。
コワールの死に行く原野から境界線を越えて、ドラットの消えた余韻の渓谷へと入り、鋭い海岸絶壁にあるゲイルの神殿へと赴いた。

神殿近くには司祭さまがいらっしゃったが、巨人族として知られているだけあって屈強の巨漢であった。しかし、彼は神に仕える身でありながら武装していて、この地の治安の悪さを物語っていた。でも、神学者志望とはいえ魔法学にも長けている陸翔が例え何かがあったにせよ容易くどうにかされることはない筈である。
私は陸翔の特徴を説明して彼が言っていたようにここに訪れたかどうかを尋ねた。

「イケメン?」
「はい!」
「あっはっは。そうか若い娘はイケメンが好きですか。そうだな、私も美女には弱いですからな」
「・・・」
「ふむ。確かにお嬢さんが言うような若い男が半月ほど前に尋ねて来ました。ここへは日々多くの者達が訪れるが異邦人は珍しい。たぶん間違いないでしょう」
「本当ですか!」
「その男は・・・」
「陸翔です」
「陸翔という男はゲイルに関することを調べていると言っておった」
「はい。はい、間違いありません」

陸翔からの最後の手紙にはドラットに着き、明日は神殿に行くつもりだと書かれてあったので、ドラットまでは無事に来ていた筈である。

「私に何でも構わないからゲイルについて教えて欲しいと言っていた」
「それから彼は?」
「私が教えたことはほとんど彼も知っていたようだったが、神殿へ行くと言った」
「それ以来、陸翔には会わなかったのですか?」
「いや、彼はもう一度ここに戻って来てから帰って行った」
「そうですか。ありがとうございました」

私は司祭さまにお礼を言うと神殿の方へと向かった。


常に号令を下すロハに反論することなく従うゲイル。ロハが創造したとされるヒューマンをゲイルが同様にしたジャイアントが-私自身もヒューマンの過ぎた正義は、少々、鼻のつくところがあったが-傲慢と嫌っているのは神々の関係とは相反する事実であった。

〝ジャイアントを守る偉大なる神は地を司る〟と言う。

地を司る神がこのような不毛の土地にジャイアントを創造したのかが全く私には理解出来ないことであった。何故なら、これでは人々に苦悩や試練ばかりを与えているようである。それにゲイルが授けた物には恩寵、加護、水晶、角笛、ペンダントが有るそうだが、どれも微弱な体力や魔力の回復効果しかないという。ゲイルは何を思いこの地にジャイアントを創造したのか。それとも彼はそれだけの力しか持ち合わせていなかったのだろうか。


巨大な六角形に刳り抜かれたブロックの石を組み上げた灯篭はヴェーナに住む私にとってはあまりにも味気ないデザインに感じられるほどで、台座部分に角のような物が何本か突き出しているのが唯一の飾りであった。それは神殿までの道を一直線に左右に等間隔で置かれていて、オレンジに燃え上がる炎は周囲に蒸気を放っていた。

(これがジャイアントの文化・・・)

巨大な入口が周囲に刳り貫かれて造られている神殿の中は天井が建物の上層部まで届いていて黄金色に輝いていた。不規則に湧く光球が天井へと舞い上がり、大きな入口から入り込んでくる外部の冷気を遮っているのか不思議と心地よい暖かさが伝わって来た。私は更に奥へと進んだ。
ゲイルの神殿

(これがゲイルなの?)

真正面には黄金の透明なカーテンのようなものが天井から垂れ下がっていて、その奥には巨大な石造が置かれていた。
親は子に似るのが当たり前で、自身と似たものを生み出すのは自然に思えるけど、あまりにも想像していたものと異なる体格の差に違和感を感じた。その石造は長身と言えば長身に見てとれるが、ジャイアントのように逞しく鍛え抜かれた巨躯ではなく、スリムに鍛え抜かれた体格であった。

(スタンプ?それとも強力な破壊力を持つというジャイアントの武器ポールアームの原型なの?)

巨大な柄の長いものを地面につき、真正面の彼方を見つめる姿がそこにはあった。
面長の顔は神経質そうで、頬がふっくらとしていて、頑固で融通の利かない高官を連想させる。気さくな性格の同性なら、こういった感じの人とでも直ぐに親しくなれそうだけど、女性だと少し神経を遣ってしまう印象を受けた。

私は周囲を見渡し、ふわりふわりと湧いては天井にシャボン玉のように消えていく光球を眺め続けた。

(陸翔、ここで貴方はどんな会話をしたの?)

穏やかで静かな運動はただ際限なく繰り返されるだけで、無音の世界は私に何の答えもくれなかった。
私はいたたまれない気持ちになって、石造に向かって心の中で叫んだ。

(貴方が神と言うなら、私の愛する陸翔の行方を教えて!)

問い掛けても返事のない静寂に立ち尽くし、ふわりふわりと舞い続ける物体を私はまた見詰め続けた。

暫くして、私は先程の司祭さまのいる方へと戻って行った。

「お嬢さん、少し温まっていきませんか?」

司祭さまはそう私に声を掛けると湯気が湧いてるコップを差し出した。

「これは?」
「ここで採れる微量な穀物から作った火酒です。女性でも飲み易いように甘くしておいたからどうかな」
「ありがとうございます」

ゆっくりと一口、口に含むと、それはリマで採れる特産の甘いジュースの香りがして、口当たりの良い飲み物であった。

「お嬢さんは何処から来たのかな?」
「ヴィア・マレアです」
「ほお、ずいぶんと遠くから来たのですね。先程の彼はお嬢さんの何かな?」
「・・・」
「立ち入ったことを聞いてしまいましたかな」
「いえ、彼、陸翔は私のフィアンセなんです。3週間ほど前にこちらに旅立ったのですけど、2、3日に1回は届く手紙が来なくなってしまって・・・」
「行方不明ということですね」
「ええ・・・」
「それはさぞ心配でしょう。良ければ私も人に聞いてあげましょうか?」
「ほ、本当ですか」
「聞くといっても私にもここですることがあるので、ここに訪れた人に聞いてみるくらいですが」
「いえ、それだけで十分です。是非、お願いします」
「そうですな。似顔絵を描いてみましょう」
「似顔絵?」

司祭さまは紙とペンを出し、すらすらとデッサンを始めた。

「わあ、お上手なんですね」
「いえいえ、ほんのお遊び程度ですよ。この土地は万年雪に閉ざされていて夜に出歩く風習がないものですから自然と身に付いた娯楽なんです」
「あ、目はもう少し優しい感じで・・・でも、凛々しくて精悍・・・眉毛は・・・」
「優しくて、精悍。ふむ、難しい注文ですね」
「す、すみません」
「好きな人のことは全て良く見えるものですよ」
「あ!こ、これを」

私はペンダントの中に仕舞い込んである小さな写真のことを思い出して見せた。

「少し宜しいかな」

司祭さまに手渡すと、私はデッサンを見つめながら、火酒を少しずつ口に含んで飲み込んだ。アルコール度の高いお酒は身体を一気に温める。気持ちが良くなった私はふと目を閉じてから青く澄み切った空を見つめた。すると、そこには笑顔で笑う陸翔の姿が浮かんでいるようで、ずっと空を見つめていた。

「出来ましたよ。大切な物なのでしょう。これはお返しします」

司祭さまが手渡すそれを私は両手を揃えて受け取ると再び首に付けた。

「絵が1枚出来たので同じ物を何枚か書いてみましょう。それをエトンにあるどこかのギルドの方にお願いをして町に貼り出してもらいましょう。そうすれば多くの人の目に止まりますから何かの情報が得られるかもしれません」
「まあ、素敵なアイデアですわ」
「今夜は私の家にお泊まりなさい。家内もいますから、火酒など野暮な物ではないちゃんとした物もお出し出来ますよ」
「宜しいのですか?」
「勿論、構いませんよ」

凍てつく翌日の早朝、私は親切な司祭さまに別れを告げてドラットを後にした。



「こんなに私を心配させて。帰って来たら“ギュッ!”としてくれなきゃ許さないんだから・・・」

私は軽く人差し指で写真の彼を小突いた。



探偵クエスト(Blog版)-Service Pack 1.

雪国の想いで(2)

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